それは、冷たい雨が降る冬の夜のことでした。ひどい風邪で鼻が止まらず、トイレットペーパーを切らしていた私は、つい枕元にあったボックスティッシュを手に取ってトイレに向かいました。その数枚の紙が、我が家の平和を根底から覆すことになるとは、その時の私は夢にも思っていませんでした。用を足し、鼻をかんだ数枚のティッシュと共にレバーを回した瞬間、いつもなら軽快に響くはずの水音が、不気味な濁濁という音に変わりました。そして、水位は下がるどころか、便器の縁ギリギリまで、今にも溢れんばかりにせり上がってきたのです。私は一瞬で血の気が引き、心臓が激しく脈打つのを感じました。トイレットペーパーなら時間が経てば溶けるだろうという淡い期待もありましたが、ティッシュは違いました。一時間待っても二時間待っても、便器の中の水は一向に引く気配を見せず、真っ白な紙の塊が嘲笑うかのように水面を漂っているだけでした。私は深夜のトイレに這いつくばり、スマートフォンで解決策を必死に検索しました。ラバーカップも持っていなかった私は、バケツでぬるま湯を運び、食器用洗剤を混ぜるという、インターネットで見つけたあらゆる応急処置を試しました。しかし、ティッシュの強固な繊維は、それらの小手先の対策をものともせず、配管の奥でどっしりと居座り続けていました。結局、私は一睡もできないまま朝を迎え、ホームセンターの開店と同時にラバーカップを買いに走りました。大きなゴム製の道具を抱えて帰宅し、必死の思いで作業を始めると、何度目かの吸引でゴボゴボという音と共に水が一気に吸い込まれていきました。その瞬間の解放感は言葉では言い表せませんが、同時に自分の軽率な行動への深い後悔が押し寄せました。この経験から私が学んだ最大の教訓は、トイレは決してゴミ箱ではないということです。トイレットペーパー以外の紙、特にティッシュペーパーは、たとえ一枚であってもトイレにとっては異物であり、深刻なトラブルの種になり得ます。それ以来、私はトイレットペーパーのストックを絶対に切らさないよう細心の注意を払い、トイレの神様に感謝しながら日々を過ごしています。
真夜中のトイレ詰まりに絶望した私の長い一日