あれは慌ただしい平日の朝のことでした。出勤前の身支度を整えながらトイレに入った私は、胸ポケットに挿していたボールペンを、便器の中にポトリと落としてしまいました。あっと声を上げた瞬間には、既に洗浄レバーを引いた後で、ボールペンは渦巻く水の中に吸い込まれ、あっという間に視界から消えていきました。焦って数回水を流してみましたが、驚いたことに水位が上がることもなく、いつも通りサラサラと水は流れていきます。私は「なんだ、意外と奥まで流れていったんだな。ラッキー」と自分に言い聞かせ、そのまま会社へ向かいました。その日から数日間、トイレは何の不都合もなく機能していました。私はすっかりボールペンのことなど忘れかけていたのですが、一週間ほど経った日曜日の夜、ついにその時がやってきたのです。夕食を終え、普通にトイレを済ませて流した瞬間、水位が便器の縁ギリギリまで一気にせり上がってきたのです。水は引く気配がなく、私は真っ青になりました。慌ててラバーカップ、いわゆるスッポンを買ってきて試しましたが、状況は悪化するばかりでした。後に駆けつけた修理業者の方から言われた言葉は、今でも忘れられません。ボールペンがトラップの横向きに突っかかり、そこに一週間分のトイレットペーパーが少しずつ引っかかって、巨大なダムを作っていたというのです。業者さんは「流してすぐに呼んでくれれば、便器を外さずに済んだかもしれない」と言いながら、手際よく便器を解体し始めました。結局、その日の修理代は当初の予想を遥かに上回る数万円にのぼり、私の「大丈夫だろう」という根拠のない自信は高くつくことになりました。異物を流した直後に水が流れるのは、決して「解決」したわけではなく、ただ「時限爆弾のスイッチが入った」だけなのだと、身を以て痛感しました。もしあの時、詰まってないからといって放置せず、すぐに相談していれば、これほどの出費も精神的な疲労もなかったはずです。見えなくなったものは下水に行ったのではなく、見えない場所で牙を剥く準備をしている。この教訓を、同じような状況で悩んでいる方にぜひ伝えたいと思います。